2012年1 月13日 (金)

日本の縮図としてみる箱根駅伝(のCM) このエントリーをはてなブックマークに追加

ほんと、皆好きだよね箱根駅伝。僕も実はここ数年欠かさず見るようになっている。箱根駅伝は、この国の新年のイベントで最も重要なもののひとつだ。

K-1にJリーグ、そしてプロ野球と相撲まで、長い歴史を持つさまざまなスポーツ中継の視聴率がふるわず、地上波の枠からずり落ちていく中で、圧倒的な強さを持って箱根駅伝は放送される。2日の往路で27.9%、3日の復路が28.5%。これは正月三箇日の全テレビ番組でトップの数字。

有名でもない大学生が箱根までの道を走るだけのレースになぜ? と思うが箱根駅伝は、日本社会の構造そのものだ。厳然と残る企業や官庁、公務員の学閥。また、一流大学の牙城に二流大、新興勢力が切り込もうとする図も、現実の企業社会の光景でもある(で、無力感に苛まれたり)。体育会系出身者たちが学生時代の先輩後輩を巡って仕事を取ってくることで成り立つ営業。箱根の山を競うレースに、日本の企業社会の縮図が編み込まれている。そうした日本社会の文脈が刻み込まれているイベントなので、ある程度それを共有する階層にしか楽しめないだろう。海外には輸出不可能なハイコンテクストコンテンツだ。

パチンコやケータイゲームのスポンサーしか入らない格闘技の中継なんかと違って、箱根駅伝のスポンサーは超豪華だ。ある程度、高い階層の視聴者層を見込めるので、引く手あまただろう。駅伝が日本の企業社会の縮図なら、箱根駅伝のCMは日本経済の縮図である。

メインスポンサーはサッポロビール。あと、トヨタやホンダといった自動車メーカーが続くが、中でも圧倒的に目につくのがマンションデベロッパー各社のCMである。三菱地所レジデンス、三井不動産レジデンス、野村不動産、明和地所、ゴールドクレスト、大和ハウス……etc。

個々のCMに目を配ると、最もわかりやすくゴージャス感を売りにしているのが、野村不動産のプラウドのCMだ。

Proud

ロケ地はマリーアントワネットやナポレオンも使用した「フォンテーヌブロー宮殿」。世界遺産だそうだ。BGMは、ガーシュインの『Someone To Watch Over Me』を平原綾香がスキャットで歌う。このご時世に、これだけ贅沢を尽くす趣旨のCMが作られるのはむしろ爽快だ。

一方、外観のゴージャスではなく、生活のぜいたくさをアピールするのが三菱地所である。CMソングは、竹内まりやのヒット曲『家に帰ろう(マイ・スイート・ホーム)』。

Mitubisi

恋するには遅すぎると 言われる私でも 遠いあの日に 迷い込みたい気分になるのよ♪



CMはこちら→ http://www.mecsumai.com/cm

このCM及びCMソングからは、彼らが商品を売りたいと考えているターゲット層が見えてくる。この歌の主人公は、すでに恋する年齢を超えているのだという。つまり既婚者。子育ても一段落し、生活が落ち着いた主婦を題材にした歌だ。ちなみにこの曲は、20年前のヒット曲だ。これを作った当時の竹内まりやは30代半ば。

『家に帰ろう』と歌うこの歌の主人公家族が住む“家”は、多分、一軒家なのだろう。子どもができて郊外の広めの家に引っ越したのだ。もちろん、35年ローンで購入したのである。

あれから20年。竹内まりやも今年で57才である。

さて、30代半ばだった歌の主人公の主婦も、同じくもう60才に近づいている。ローンも繰り上げ返済でそろそろ返し終えている頃だろう。子どももとっくに独り立ちしている。そろそろ老後の暮らしをどうするかに思いを巡らす年代だ。老後の生活は、都心のマンション暮らしが便利かな、なんて。

そんな人々が、どれだけいるのかはわからないが、このCMが狙うターゲット層は、そんな人々だろう。そこを見据えて、いまこの歌をCMソングに採用したのだろう。

実際うちの親なんかは、このCMのターゲットでもおかしくない状況を迎えているし、それを消費してもおかしくない社会階層といっていい。

正月のCMからそんなことが突きつけられた。この国の金融資産の約8割を、50代以上が保有しているのだから仕方ない。箱根を必死の形相で駆けていく若者たちと、高齢者をターゲットにしたゴージャスなマンションのCM群。この国の縮図がまさに箱根駅伝には詰め込まれているのだ。



2011年12 月15日 (木)

「ラーメンと愛国」絶賛発売中(書評、メディア露出など) このエントリーをはてなブックマークに追加

 

ラーメンと愛国 (講談社現代新書)
速水 健朗
講談社
売り上げランキング: 594

 

 

 

10月18日に発売された、『ラーメンと愛国』ですが、毎日新聞、朝日新聞、日本経済新聞などの書評欄に取り上げられております。主要3紙の書評、新書にもかかわらず、というのは、快挙かと思います(自画自賛)。

おかげさまで、2011年12月14日現在、4刷り計19100部となっています。

これ以外にも、週刊朝日(中森明夫さん)、日経MJ、週刊ダイヤモンド、東京スポーツ、日刊ゲンダイ(直木賞作家中島京子さん)、ダ・ヴィンチほかに書評が掲載され、さらに著者インタビューが、週刊文春(2011年12月1日号?)に掲載されました。ありがとうございました。

 

今後もメディア露出が続きます。大きいところでは、関西地方ほか朝日放送系列の深夜番組『ビーバップハイヒール』(2011年12月22日)でラーメン特集(がっつりラーメンと愛国の文脈で)、あと、マガジンハウスの『クロワッサン』『TARZAN』に著者インタビューが載ります。

ここでは、主要三紙の書評、及びその他ウェブ媒体のレビュー(の一部)をリンクと共に取り上げます。

 

主要三紙書評

確かに謎だったのだ。なぜ最近のラーメン屋店主は、藍染めのTシャツや作務衣(さむえ)を着てタオルを頭に巻くのか。なぜ相田みつを系の人生訓やら「ラーメンポエム」を壁に張り出すのか。
こうした疑問にピンと来た方は手に取るべし。巻措(お)くあたわざる知的興奮で満腹になることうけあいである。

朝日新聞2011年11月27日朝刊読書欄「なぜ作務衣を着るのか」斉藤環(精神科医)

と、このように本書はさまざまな思考を誘発・喚起してくれる。今後、食の文化研究(カルチュラル・スタディーズ)が進むことを期待したい。有名な「マクドナルド化」の議論にしても、テリヤキバーガーなどを例に引きながら、グローバル化とローカル化の相克を指摘する研究もある。中華料理であったはずのラーメンが、なぜ「和(ナショナリズム)」と節合されたのか。その問いは、日本の戦後社会、とりわけ平成とは何かを問い直す作業へと繋(つな)がるであろう。
日本経済新聞朝刊2011年12月4日付「ラーメンと愛国 速水健朗著 戦後社会を問い直す食の研究」社会学者 難波功士

 

高タンパク・高カロリーをうたう最近のラーメンと、自然食などを大切にするスローフード運動に「ご当地色」という類似点を見つけたかと思えば、石原慎太郎都知事が常々、反中国的な発言を繰り返しながら、中国由来のラーメンを都のキャンペーンに使う滑稽(こっけい)さを指摘する。具だくさんの一杯、ではなくて一冊。
毎日新聞2011年11月6日 今週の本棚・新刊:『ラーメンと愛国』=速水健朗・著(リンク切れ)

 

ウェブメディアの書評、及びブログの感想リンク集

 

ラーメンは日本人の国民食とも言われるが、思えばそれは中華そばだし、原材料の小麦はアメリカ産だ。さらにラーメンの語を広げた即席麺の発明者は台湾人だった。ここに日米中台4か国のラーメンを巡る“想像力のTPP問題”が浮上する!?
「本まわりの世界」中森明夫 週刊朝日 2011年11月18日号

 

工業製品として成功したチキンラーメンは、自動車産業を大量生産によって変えたT型フォードになぞられていましたが、品質管理の父ともいえるデミングまで 登場してきて、おやまあとビックリ。『ゲームセンターあらし』や『こんにちはマイコン』といった子どもマンガを長年描いていたぼくが、大人向けの学習マン ガを描きたいと思って最初に選んだ題材が、品質管理をおこなう「QCサークル」だったからでした。
読書:『ラーメンと愛国』(速水健朗/講談社新書)漫画家・小説家 すがやみつる

脱サラしたおじさんが町の片隅で細々と営む……といったラーメン屋のイメージはもはや遠い過去のもの。就職難のこの世の中で、一から店を築きあげようとす る若者がああしたスタイルをとるのは、いわゆるヤンキー文化の傍流なのだろう、くらいに認識していたのだが、本書はその〝作務衣系〟出現のカラクリを解き 明かしてくれている。
日本にラーメンがもたらされてから、〝作務衣系〟にいたるまでの、日本人とラーメンのたどった道には、都市問題や国土開発、産業構造の移りかわり、メディア戦略の加速化等々が、複雑に絡み合い横たわっていたのだ。
KINOKUNIYA書評空間BOOKLOG 文筆家 近代ナリコ

タイアップ歌謡曲、自分探し、ケータイ小説。流行しているのに、批評されない。マジョリティなのに、軽視されてしまう。フリーライター速水健朗氏はそんな対象に着目し、刺激的な論考を展開する書き手だ。
“日本の国民食”の雑学的要素と論考が詰まった速水健朗『ラーメンと愛国』–書評家 石井千湖(WorldJC)


前半はラーメンの工業生産品としての側面に光を当て、後半はそれが流通し消費される中でメディアの果たした役割に着目している。中盤でベネディクト・アン ダーソン『想像の共同体』(NTT出版)を引き、ラーメンという共通語の発見によって雑多なイメージが集約されていったと指摘する箇所が本書の転回点だろ う。 【書評】ラーメン=国民食の謎を解く『ラーメンと愛国』批評家 杉江松恋(ウレぴ総研)

ラーメンが、「日本人」の国民食と呼ばれるようになるまでには、いろいろな伏線がしかれているが、もっとも大きな影響をあたえたのは、GHQ占領期におけるアメリカの小麦政策だった。
こうして、旧植民地からのひらめきとアメリカ小麦政策、フォーディズムが相まって、戦後のラーメン文化が幕開けする。
ake.note 日本思想史、近代稲作ナショナリズム研究者 山内明美

著者は上記のような安藤の仕事を振り返ったうえで、彼が《商品の“発明者”や新産業をゼロからつくった起業家》というよりもむしろ、《ラーメンを 大量生産可能な“工業製品として発明し、安価な保存食品として世界に広めた》人物であったことを強調する。日本においてフォードの生んだものづくりの思想 を実践し、もっとも成功を収めた人物こそ安藤であったというわけだ。
しかし、本書はラーメンの普及と変化を通し、グローバリゼーションにおけるローカライズ、日本人にとってのもの作り、そしてナショナリズムまで論じる紛れもない日本文化論である。帯にある「ラーメンから現代史を読み解くスリリングな試み!」は大げさではなく、いささか強引な展開を感じさせるところもあるが、些細な手がかりからぐいぐい引っ張り読ませるところなど『ケータイ小説的。 "再ヤンキー化"時代の少女たち』を思い出させ、惹きつけられるものがあった。
ラーメンは民主主義のメタファーなのか?『ラーメンと愛国』ライター・近藤正高(エキレビ)


アメリカのスーパーマーケットからショッピングモールが発展する過程に触れているあたり、本書が『思想地図Β』で著者が監修した「ショッピングモーライゼーション」のアナザーストーリーとして捉えることも出来そうだが、その比較はここでは割愛する。
『ラーメンと愛国』を読んだ。ライター ふじいりょう(Parsley)(BLOGOS)

愛国とは仰々しい単語だが、ラーメンとどういう関係があるのか。一例を挙げると、そのナショナリズムが顕著に見られるのが「作務衣化」である。ラーメン屋 のイメージカラーは赤白から紺や黒へ、白い調理服は作務衣へと、かつては中国風の意匠であったものが和風となった。店名も「麺屋○○」のように、今では 「ラーメン」とカタカナの看板を下げている方が少ない。店内には「俺たちは今、まさに旅の途中だ」「ラーメンは俺の生き様」などと店主直筆のラーメンポエ ムが掲げられ、自らの"ラーメン道"を主張するようになった。
戦後日本のソウルフード・ラーメンから現代史を読み解く『ラーメンと愛国』ライター 平野遼(日刊サイゾー)

ラーメンにまつわる作られた文化史を紐解くという、とても面白い本だった。実は「伝統」なんていうのは、10年や20年という割と短い時間の中で、いつの間にか出来上がって、その存在を誰も疑わなくなるものなんだということを改めて認識した。
速水健朗「ラーメンと愛国」を読んだ(what's my scene? ver.7.2)

本書を読んでいて、色々と思い出したり、新たに思いつくことが多々あったもので。
たとえば「チェーン店」ではなく「ご当人ラーメン」がブームになったのと、「J-POP」と何か関係があるのではないか、とかw
いずれにせよ、一読すれば知的好奇心が刺激されること間違いなし!
【オススメ】『ラーメンと愛国』速水健朗(マインドマップ的読書感想文)
この新書では、日本の「国民食」となり、話題に困ったときには「おいしいラーメン屋の話」で場をつなくことができるようになるまでの「ラーメンの歴史」が解き明かされていきます。
とはいっても、個々の店や味についての話というよりは、「どうして、『ラーメン』だけがこんなに特別な食べものになっていったのか?」が、社会の動きにあわせて、丁寧に語られていくのです。
[本]ラーメンと愛国 ☆☆☆☆(琥珀色の戯言)


ご当地ラーメンは地域の個性や特性を反映したものではなく、全国均質のファストフードの流れから出てきた食べ物だという事実。「作務衣」を着るラーメン屋 の主人のスタイルは、「日本の伝統」「伝統工芸の職人の出で立ち」を再現しようとして、まったく正統性のない捏造された伝統である、とか。最近の店に目立 つ、相田みつお的前向きメッセージを店内に飾る宗教色や、「麺屋武蔵」以降の国粋主義的傾向も指摘されている。
ラーメンと愛国(情報考学 Passion For The Future)
縦横無尽な語り口があいからずうまい。
あっちこっち話が飛んでしまいがち(それがおもしろいのだけど)な
前作より、ラーメンというテーマがすべてを吸収しているので、
筋が一本通っていて読みやすかった。
本『ラーメンと愛国』(Invisible Circus)

2011年11 月24日 (木)

『ラーメンと愛国』元ネタブックガイド このエントリーをはてなブックマークに追加

ラーメンと愛国 (講談社現代新書)
速水 健朗
講談社
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僕の著書『ラーメンと愛国』、発売一ヶ月。つい先日、増刷も決まり、媒体の書評だけでなくネットでの感想なども多くいただいています。
今回は、参考図書ではなくて、この本のラーメンを軸に日本の戦後史を振り返るという発想の元になったいろいろな本を取り上げたいと思います。つまり、元ネタブックガイドです。

ナポリへの道
ナポリへの道
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片岡 義男
東京書籍
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まず、本の中でも触れた片岡義男『ナポリへの道』。これは、戦後に進駐軍の兵隊がパスタにケチャップをかけたスナックが、戦後日本人の子どもの好物として定着していくという物語から、戦後の日米の関係を見出していくという、片岡義男らしいアメリカの影としての日本を描き出していく一冊。これのラーメン版が『ラーメンと愛国』でぼくがやりたかったことです。

 

シンセミア〈1〉 (朝日文庫)シンセミア〈2〉 (朝日文庫)シンセミア〈3〉 (朝日文庫)  

「ラーメンと愛国」の冒頭はアメリカの小麦戦略の話で始まります。読んでる人は「あ、シンセミア」と思うはず。阿部和重の「シンセミア」は、パン屋とレンタルビデオ屋が町の権力者として君臨する地方都市を戯画化して描いた長編小説。この小説におけるパン屋は、アメリカの権力の代行者。「ラーメンと愛国」は、ノンフィクションだけどラーメンという小麦食の食べ物=アメリカの影を通した戯画化したラーメンの戦後史をやりたかったんですよ。

菊とバット〔完全版〕
菊とバット〔完全版〕
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ロバート ホワイティング
早川書房
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元ネタという意味で、実際に一番ぱくっているのはこれ。著者のロバート・ホワイティングは、「助っ人外人」として日本に来た大リーガーに取材して、日本の野球の特殊さをおもしろおかしく綴っている。つまり、アメリカから輸入されたベースボールが、日本人の生活の中に組み込まれ、日本人式にローカライズされて定着し、野球となった。この構図は、中国由来の支那そばが、日本式にローカライズされてラーメンになるのと一緒。実は「ラーメンと愛国」執筆中に考えていた仮題は「菊とラーメン」でした。前書きとかは、丸ごとぱくろうとまで考えていた。

〈民主〉と〈愛国〉―戦後日本のナショナリズムと公共性
小熊 英二
新曜社
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これはタイトルの元ネタ。内容的には真似た部分はないが、とても読みやすくおもしろい本。僕の本では日本が戦争に負けた理由を、生産技術という思想の有無としたが、こちらの本でも日本が戦争に負けた理由が前半で読み解かれる。この本では、日本人の組織の腐敗体質が原因とされる。これは、3.11後にこそ読まれるべき内容。
ぶっかけめしの悦楽
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遠藤 哲夫
四谷ラウンド
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これは、国民食と呼ばれるカレーライスのルーツを、インドや英国に求めるのなく、ぶっかけめしという、日本、アジア由来の食文化のルーツに求め、その歴史や文化を追求していくというもの。ラーメンのルーツを中国ではなく、小麦食、小麦の背景にあるアメリカに求めるという発想や、ストレートではない文化史の書き方として、この本の影響を受けています。まさか、著者にツイッター上でディスられるとはね(笑)。

というわけで、『ラーメンと愛国』は、これらの本からアイデアをパクっています。ありがとうございました&お世話になりました。

2011年10 月13日 (木)

講談社現代新書のカバーの色のひみつ このエントリーをはてなブックマークに追加

Gendaishinsho

講談社現代新書のデザインといえば、特徴的なのがカラー。以前から気になっていたんですけど、ジャンルで色分けしているわけでも、著者ごとにカラーが決まっているわけでもありません。

いつだって大変な時代 (講談社現代新書) 江戸の気分 (講談社現代新書) 落語論 (講談社現代新書) 落語の国からのぞいてみれば (講談社現代新書)

同じ著者でも、このようにばらばら。

上の例でいうと、『いつだって大変な時代』と『落語の国からのぞいてみれば』は、同じ黄色系だけど、前者の方がより明るい黄色。CMYKで現すなら、前者がY=100 M=25 くらいで、後者はそれにCを10くらい混ぜた感じでしょうか。

分野別でも、著者別でもないということは、何かを見分ける記号として利用しているわけではない模様です。自分の本棚の現代新書を集めてみても、やっぱりばらばらで、統一性があるようには思えません。

これについて、現代新書の編集者に直接聞いてみました。すると、講談社現代新書のカバーの色は、全部違うのだといいます。これは驚きました。

印象としては、10色くらいのバリエーションから、適当に振り分けてるのかなあ、くらいに思っていたのですが、全部別の色なんですね。

今のデザインになったのは、2004年10月刊行から。創刊40周年でのリニューアルで、通巻1738冊目Dobutuから変わったといいますそれ以後、月に4、5冊ペース300冊以上が刊行され、それ以前のものも、再版時には新カバーで出直しているので、数はわからないけど相当の点数が刊行されているはず。

その全部が、基本的には別の色なんですね。

 

 

で、一体どのように色が決められるのかについても聞いてみたのですが、それはデザイナーと編集者の話し合いで決まるとのこと。実際、どういう意図をもって具体的に、決められていくのかは興味があります。

例えば、福岡伸一の『生物と無生物のあいだ』は緑。これは、「生命とは何か?」の帯にあるように、生命のイメージ=植物の葉の連想なのか、それとも本の序盤で延々と語られるワシントンの自然の描写の印象なのか、どっちにせよ緑というのはわかる気がします。

あと、最近のこのブランドのヒットでいうと、橋爪大三郎と大澤真幸のこれがあります。

ふしぎなキリスト教 (講談社現代新書)

 

ウェブでは表示されませんが、これ金です。特色ですね。この2人の組み合わせだと、そりゃ金というのは、仕方がないかとw

さて、この記事は、僕の本の発売のプロモーションです。僕は10月18日に、講談社現代新書から本を出すことになりました。さて、一番気になるのが、何色になるのかという部分。どう色が決められるのかが実際に目の当たりにできるチャンスです。

この本は、タイトルどおりラーメンの本です。とはいっても、ラーメンそのもののうまい店情報とかではなく、ラーメンを通した戦後文化史、経済史みたいな内容です。本の中の小さくないテーマとして、色の問題も扱っています。ラーメン屋のイメージカラーは、80年代までは赤。中国のナショナルカラーです。それが、90年代以降、紺や黒になっていきます。これは、むしろ日本のトラディショナルカラーです。そんな話。なので、僕としてはラーメンののれんのイメージの赤、もしくは今どきのラーメン屋の感じがある濃紺辺りを想定していました。

で、実際の表紙がアマゾンに反映されました。どん。

ラーメンと愛国 (講談社現代新書)

 

アマゾンの写真で見ると、少しオレンジががかって見えるかな。実物は、もう少し黄色に近い感じかもしれません。

で、なぜこの色なのか。僕は、その理由を聞いてちょっと感動しました。

Ramentoaikoku
そう、チキンラーメンのパッケージカラーなんですね。

本の中で、もっとも重要な存在として登場させているのが、日清食品の創業者、安藤百福であり、彼の発明したチキンラーメンを、これまでとは違った評価の仕方で取り上げています。具体的には、チキンラーメンの生産の手法、宣伝の手法は、日本版マスプロダクツ、マス広告のプロトタイプだったということ。そして、チキンラーメンを通して日本の流通の変革、メディア状況の変化、そして日本人の農村から都市へというライフスタイルの変化に伴う食生活の変化を語ることができるというのが、本書の骨格のひとつとなっています。あと、日本人のものづくりという思想の変化も、この製品には現れていました。

そんな本の具体的内容から、チキンラーメンのパッケージカラーを表紙に配すというアイデアにつながったというわけです。手に取った読者の大半は、本のカバーの色と内容が関係しているなんて、つゆとも思わないかも知れません。でも、そこには一冊一冊に配色を巡る物語がある。改めて本作りのおもしろさというか、編集やデザインの奥深さについて考えさせられました。

というわけで、この本をぜひチキンラーメンと並べてみてください。書店員のみなさまは、ぜひチキンラーメンと並べて本書の陳列を!

発売日は2011年10月18日。著者3年半ぶりの著作です。書店員のみなさま、ブログの読者のみなさま。なにとぞよろしくお願いします。

 

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2011年8 月11日 (木)

大人になって見直してみた『マイアミ・バイス』前編 このエントリーをはてなブックマークに追加

中学生時代に最も好きだった80年代の刑事ドラマ『マイアミ・バイス』がDVDボックス化したので手に入れ、ここ数年かけて観てるんだけど、現代の目線で見直してみると、改めて見えてくる部分も多い。90年代以降のアメリカを予言していた部分なんかもある。昨年『bootleg』の黒人特集に書いた記事を一部書き加えてアップする。

■コンセプトは「MTV COPS」

『マイアミ・バイス』は白人のソニー、黒人のリコのコンビが主人公。いわゆるバディ(コンビ)ものの刑事ドラマである。フィリップ・マイケル・トーマスが演じる、黒人刑事リカルド(リコ)・タブスは、元々ニューヨークの強盗課の刑事。このドラマのパイロット版は、そのニューヨークから始まる。リコは、路上に止めた車のなかで麻薬組織のボス、カルデロンを見張っている。すると、通りがかりの黒人のチンピラたちに絡まれる。彼らに向けて吐いたタブスの最初の台詞は「ビート・イット! パンクス!」(「失せろ」と字幕)である。チンピラたちは「マイケル・ジャクソンかよ」、とあざ笑う。ドラマのスタートは1984年。前々年末に発売されたマイケル・ジャクソンのアルバム『スリラー』はまだ大ヒット中だった。このドラマの元々のコンセプトは『MTV COPS』だった。かっこいいロックミュージックが流れる中で、カーチェイスや銃撃戦が行われる都会派の刑事ドラマ。このコンセプトが半分以上生きたまま、ドラマはスタートしたのだ。

さて、刑事だった兄を殺されたリコは、復讐のためにカルデロンを追いかけてマイアミにやってくる。そして、ソニーたちマイアミの刑事たちと合流し、カルデロンの本拠地に迫る。刑事ではなかったリコは、この地で刑事として新しい仲間たちと一緒に働くことになる。

■『夜の大捜査線』の時代から『コスビー・ショー』の時代へ

北部の黒人刑事が南部にやってくるというモチーフの映画に『夜の大捜査線』がある。大都会シカゴからやって来た理知的で都会的な黒人刑事をシドニー・ポワチエが演じ、覆面をかぶった黒人差別者集団のKKK団が暗躍するミシシッピ州の田舎町で警察署の署長をロッド・スタイガーが演じる。両者が協力して捜査に当たっているうちに、偏見が解けちょっとした信頼関係が芽生えていく。この映画の構図は『マイアミ・バイス』のパイロット版のモチーフの一部になっている。

ただし、黒人の公民権運動の最盛期の1967年に作られた『夜の大捜査線』と、その17年後に作られた『マイアミ・バイス』では、黒人のポジションというものがまったく変わっている。『マイアミ・バイス』が始まった80年代中頃は、黒人イメージの急速な変化が訪れていた頃で、それは当時のポップスターやテレビドラマにも色濃く反映されていた。

マイケル・ジャクソンがナンバーワンのスターになったのもその変化のひとつだが、それ以上に大きかったのは、『コスビー・ショー』(1984~1992年)の存在である。『コスピー・ショー』は、毎回50パーセント台の視聴率を稼いでいたホームドラマで、80年代版の『パパは何でも知っている』とでもいうべき、アッパーミドルの家庭生活を描いたシチュエーションコメディドラマだ。父は医者、母は弁護士。5人の子供。ただし、この主役家族は黒人である。

このドラマの登場家族が黒人でなくてはならない理由は特にない。白人のアッパーミドルで十分成立する。むしろ、このドラマが放映された当時は、現実の黒人が置かれた状況、つまり貧困にあえぐ人たちをないがしろにしているのではないかという批判が起きたという。アメリカ文化に詳しい奥出直人氏は著書『アメリカン・ポップ・エステティクス』の中で「アメリカで黒人であることが、人種差別によって傷ついた病的な存在であるわけではないことを、コスビー・ショウのなかの新しい黒人イメージは穏やかに伝えようとする」と触れている。このドラマには、黒人の中産階級(富裕層)がアメリカ社会にふつうに台頭しつつある現実を反映するという意図があったのだ。

同じように、ソニーとリコの2人の刑事が人種の壁を乗り越えるというような『夜の大捜査線』で見られるような描写は、『マイアミ・バイス』には一切存在しない。むしろ、『マイアミ・バイス』というドラマをひとことで乱暴に現すなら、白人と黒人が組んでヒスパニックをやっつけるドラマということになるだろう。だが、そう言い切るためには、このドラマの舞台であるマイアミという都市の地政学的な位置、そしてこの街の特殊な人種構成についての説明が必要だろう。

■アールデコの都市とベルサーチ

ひとくちにマイアミといっても、マイアミ市とマイアミ沖合に浮かぶ細長い砂地の島のマイアミ・ビーチ市の両方を指して呼ぶ場合が多い。このマイアミ・ビーチ市は、『マイアミ・バイス』のオープニングの映像でも映されているが、人工的につくり出されたリゾート都市という極めて興味深い存在である。しかも、リゾート地としては、ハワイやラスベガスなどよりも半世紀以上も早くから存在している。

マイアミのリゾート開発が始まったのは19世紀末。東部からマイアミまで鉄道が敷かれ、ビスケイン湾に浮かぶ小さな島は、ココナッツ、アボカド、マンゴーなど砂地を利用した農園としての開発が進んでいた。だが、20世紀初頭からはリゾート地としての開発に切り替わる。マイアミと小さな島の間に橋を架ける「マイアミビーチ改良会社」が作られ、さらに、自動車のヘッドライトを発明し製造販売で成功したカール・フィッシャーがマイアミにやってきて、マングローブ・ジャングルだったこの島を埋め立てたり、島同士を橋で結ぶなどの開発を行なったのだ。この土地は、リゾート地として販売され、数多くのリゾートホテルを誘致した。かつて無人島だったこの島は、1915年にマイアミ・ビーチ市に昇格したのだ。

ドン・ジョンソン演じるソニー・クロケット刑事のファッションは、この町並みのカラーリングに合わせてパステル調に決まった。1930年代にリゾート地として有名になったマイアミに建築ブームが訪れたときに、マイアミの町並みはパステル調に塗られたのだ。当時は、世界恐慌語の不況時。打ちひしがれた国民の気分を高揚し、回復を図るためのカラーリングだったという。いまでもこのアール・デコの建物の多い地区は、観光資源として手厚く保護されている。

ちなみに、このソニー刑事の衣装は、ジャンニ・ベルサーチが担当した。「女性を性的玩具として」表現するという意図の下、高級売春婦の着るようなドレスをデザインしてフェミニストたちに非難されたベルサーチは、まさにこのドラマにうってつけの存在だった。

ゲイで社交好きなヴェルサーチは、マイアミビーチに自宅を持ち、有名人やモデルたちを集めてのパーティに明け暮れていた。この家を購入したのは、『マイアミ・バイス』の仕事がきっかけだった。常にマフィアとのつながりが噂され、常にボディガードを連れ、防弾ガラスが貼られた高級車に乗っていた。まさに『マイアミバイス』の登場人物のような生活である。そして、1997年に美貌のゲイの連続殺人犯に、マイアミの自宅前で射殺された。

■リゾート地としてのマイアミの変化

話をマイアミの街の話に戻す。古くからリゾート地だったマイアミの最初の大きな変化は、1950年代末に訪れる。1959年に、マイアミの目と鼻の先にあるキューバで革命が起こる。すると、この地にキューバからの亡命者が流れ込んできた。そこには、カストロの共産主義体制に反対する富裕層、ゲイの作家やスポーツ選手、ミュージシャンなどが多く含まれていたという。

リゾート地としてのマイアミは、この頃から一旦価値を失い始めていった。1959年にハワイが50番目の州に昇格すると、一大ハワイブームがアメリカを襲い、リゾート=南国の島ハワイというイメージが定着。70年代にはカジノとして大発展を遂げたラスベガスに人気が集まった。こうした中で、マイアミは、中南米からの移民の流入、麻薬取引の増加などによって、アメリカでも有数の犯罪都市へと変貌していった。

そんなマイアミに再び転機が訪れるのは1980年のこと。キューバのマリエル港の解放という出来事によってもたらされた。カストロはこの年の4月から半年間に渡ってマリエル湾を解放する。この期間に限り、自国からからアメリカへの亡命を黙認したのだ。この際、カストロは、刑務所から犯罪者たちを解放したという。それ以外にも、このマリエル港解放には、精神病患者や同性愛者たちを、国外に追いやるという意図があったとも言われている。

アル・パチーノが主演した映画『スカー・フェイス』(1983年ン)は、1930年代のギャング映画『暗黒街の顔役』のリメイクだが、主役のアル・パチーノ演じるトニー・モンタナはイタリア系マフィアではなく、キューバ人に脚色されていた。この主人公は、まさにこのマリエル港解放の折にアメリカにやってきた移民で、アメリカで麻薬王として成り上がっていくという話である。

移民問題、貧困問題、犯罪問題。こうした90年代のアメリカの問題において、中心的な存在となるのは、黒人ではなくヒスパニックである。アメリカの中南米に接する南の玄関口であるマイアミは、他の北米の都市に比べると、極端に南米からの移民=ヒスパニックの人口構成比が高かった。アメリカのマイノリティーの最大派閥が黒人からヒスパニックに変わったのは、米全体で見れば2000年前後のことだが、フロリダでは、すでに80年代からヒスパニックが黒人よりも多数派になっていたのだ。

80年代のマイアミは、その後のアメリカの人種問題の変化を、先取りしていたのである。この街では黒人はもはや敵ではなく、ヒスパニックの台頭に対抗して共闘する相手になったのだ。これは、パナマ侵攻や湾岸戦争といった戦争において、ジョージ・ブッシュ(父)がともに戦うパートナーとして、黒人であるコリン・パウエルを統合参謀本部議長に据えたのと同じ構図とも言えるかもしれない。『マイアミ・バイス』のソニーとリコのコンビは、その後のアメリカの政治状況を的確に先取りしていたのだ。(後編に続くよ)

 

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2011年7 月 1日 (金)

女子会の原風景とビールと森高千里 このエントリーをはてなブックマークに追加

去年辺りから居酒屋が「女子会プラン」の提案がヒットするようになり、それ以降ホテルや旅行会社など他分野もこのマーケットに参入するようになっている。日経MJを読んでいると、「ポスト女子会プラン」的なサービスプランの記事は、クールビズ関連、ジョギング関連のサービス同様よく目にする。

 

飲もう 今日はとことん盛り上がろう
聞かせてよ 彼との出会い
遠慮せず 飲もう 今日はとことん付き合うわよ
私もさ 好きだったんだから
(『気分爽快』作詞:森高千里) 

という森高千里の『気分爽快』(`94年)は、題名どおりさわやかな曲調で、当時通信カラオケが登場して間もない時代のカラオケボックスにて、OL同志で憂さ晴らしに歌われる際の定番曲になっていた。

この曲のシチュエーションを説明すると、同じ男を好きになった女同士。その2人は友だち同士でもある。主人公はその男にふられたようだが、その友だ ちは男を見事に射止め、明日はその男とデートだという。 同じ男を奪い合ったにもかかわらず、この2人の友情は崩れない。それどころか2人でビールを片手に乾杯をしている。主人公は「不思議だね 気分爽快だよ ♪」と精一杯強がってさばけたところをみせる。そして、とことんそいつの話で盛り上がろうというのだ。この2人は、恋より互いの友情を優先する間柄なの だ。

この曲は上の動画でもわかるようにCMタイアップ曲。まさにその商品に合わせて歌詞が書かれているからビールなのだ。

この曲は、`94年にアサヒビールがスーパードライに次ぐ若者向け定番銘柄として発売した“Z”のCMソングだった。かつて、スーパードライのCM では国際ジャーナリストの落合信彦を起用し、“世界を飛び回る男の辛口ビール”というイメージと商品を結びつけることに成功した。この新ブランドは、日本 一のビールブランドとして定着する。

続く“Z”でアサヒは、居酒屋でビールを酌み交わす女の友情物語を歌にして、女同士でビールという新たな消費の在り方を提案したのだ。当時、飽和と 言われていたビール市場に新しい消費層を拡大する必要があった。そこで、ビール=男の飲みものというイメージを払拭し、若い女性層をビールのユーザーに仕 立て上げようという掘り下げをアサヒビールは行なう。それが、この森高の歌であり、それを使ったCMだった。

今となっては陳腐に見えるかもしれないけど、実は学生くらいの若者同士がビールを飲んで盛り上がる光景というのだって、せいぜい80年代くらいに生 まれた習慣でしかない。それを若い女性層にまで浸透させようというのは、結構大胆な目論見だったように記憶している。少なくとも現代から想像する以上に は。

一方、この当時は第二次居酒屋ブームと呼ばれ、和民のような女性客を取り込もうと、フードメニューに力を入れる居酒屋がやっと出てきた時期でもあった。つまり業界全体で女性をターゲットにし始めていたのである。

いまでは当たり前の女子会的光景とは、このころにようやくビール会社の発想として登場してきたものであり、定着するまでには結構な時間がかかったように思う。

それが当たり前になったという功績の一端は、この歌を歌った森高にある。当時のカラオケでこの曲が歌われる機会は多かったし、少なくとも女の子と ビールを結びつけた功績の一端は森高にある。 だが、メーカーとしては肝心の新製品「アサヒZ」はドライに次ぐアサヒの定番ビールブランドとしては定着しなかった。3年後に生産中止になる。

新しい消費層と「女子会」へとつながる新たなライフスタイルの発掘には成功したが、個別商品の魅力訴求には失敗したのである。アーメン。

 

2011年6 月 2日 (木)

渋谷公園通りルックバック・エイティーズ&ナインティーズ このエントリーをはてなブックマークに追加

渋谷駅を降りて、NHK、代々木公園方面へ登る坂道が「公園通り」と呼ばれるようになったのは1970年代のこと。`73年に渋谷パルコがオープンし、その時の広告で使われた「すれちがう人が美しい ~渋谷公園通り~」というキャッチコピーを受けた地元商店街が、以後この通りの通称を公園通りに変えたのだ。

渋谷が若者の街というイメージを帯びるようになったのも、基本的にはこの頃以降である。とはいえ、公園通りが渋谷においても特別な場所だったのは、1980年代まで。その当時の公園通りを歌った歌に、堀ちえみの『公園通りの日曜日』(1982年)がある。

 

一人歩いてた公園通りで やけに見慣れてる赤いトレーナー
彼だと気付くまで 5分もかかった
かわいい人ね 手をつないで話してたから

日曜日。公園通りを歩いていた主人公の少女は、見慣れた赤いトレーナーを着た男の姿を見つける。その彼とは今日デートする予定だったが、前の晩、彼からの電話でキャンセルされたばかり。なんと男には本命の彼女がいたのである。自分は恋人と思いこんでいたが、実は妹的な存在にしか見られていなかったということにようやく気づく悲しい恋の歌だ。

トレーナーという言い方が時代を当時の空気を現している。80年代と言えばトレーナーである。スウェットでもリバースウィーブでもない。トレーナー。しかも袖とかだぶだぶしてるやつ。80年代を代表するブランドとして、セーラーズの名前を挙げることができる。おニャン子クラブを始め、芸能人御用達のブランドである。  セーラーズのメイン売れ筋商品もトレーナーだった。そして、セーラーズのショップも、公園通りの脇道にあった。
Sailors

この堀ちえみの曲の作詞作曲を手がけたのは、竹内まりやである。竹内まりやは、この15年後の1997年に広末涼子のデビュー曲『MajiでKoiする5秒前』でも、渋谷を舞台にして少女の初デートを描いている。
 

ボーダーのTシャツの 裾からのぞくおへそ
しかめ顔のママの背中 すり抜けてやって来た
渋谷はちょっと苦手 初めての待ち合わせ
人並みをかきわけながら すべり込んだ5分前

80年代がトレーナーなら、90年代はTシャツと言うことになる。正しい変遷である。

若者の街としての渋谷の中心が公園通りだったのは、1970年代末~1980年代までのこと。そのあとに登場する「コギャル世代」にとっての渋谷と言えば、センター街である。ランドマークで見るなら、パルコから109へということになるだろうか。しかしこの広末の歌にも公園通りが登場する。

「さりげなく腕をからめて 公園通りを歩く♪」

おそらく、この歌の主人公の少女は、ちょっとだけ大人を気取って公園通りを選んでみたのだろう。さっきまでプリクラを撮っていた女の子が、急に腕をからめるというのは、そういう表現であるような気がする。

そして、この広末の歌から気がつけば、15年近い歳月が経った。いまの渋谷の中心は、どこだろう。東急本店向かいのフォーエバー21が目立つか。そして、その少し裏には高相通り。そう、もはや渋谷と言えば公園通りでもセンター街でもなく、高相通り(at 職質)である。
そうそう、今春もボーダーが流行ってるね。

 

2011年4 月15日 (金)

人口減少社会の赤ちゃんソング このエントリーをはてなブックマークに追加

国土交通省が「国土の長期展望」という報告において、2050年までに日本の総人口が、現在の25パーセントに減る可能性を指摘した。この国の将来を考える上で、人口減は避けては通れない障壁だ。

2年ほど前に妊娠ヌード写真を発表して話題を集めたhitomiが、やはり2年ぶりとなるシングル『生まれてくれてありがとう』を発表した。題名通り、生まれた赤ちゃんに感謝する歌である。

あなたが笑うと 幸せになる あなたが泣くと 悲しくなるの
いつもオロオロ だめなママごめんね ごめんね こんなママ
サンキュー マイベイビー サンキュー マイベイビー
生まれてくれてありがとう

あなたの未来は日本の未来 あなたの未来は世界の未来
愛するあなたにもう一度

赤ちゃんソングと言えば、ミリオンセラーを記録した1963年の梓みちよ『こんにちは赤ちゃん』があった。あれから半世紀が経っても、母親になること、赤ちゃんが生まれることの喜びは変わらないだろう。その感触は、歌の歌詞からも伝わってくる。だが、生まれる赤ちゃんが置かれた位置には少し変化が生じたかも知れない。

まだまだ日本の総人口は急速に伸び、高度経済成長期ど真ん中の時代に歌われた『こんにちは赤ちゃん』では、「こんにちは 赤ちゃん あなたの未来に♪」と、赤ちゃん自らの未来が祝福されているが、hitomiの『生まれてくれてありがとう』では、「あなたの未来は日本の未来♪」と、赤ちゃんの側に日本という国家の未来が託されるているのだ。

伊藤計劃の『ハーモニー』という小説がある。その舞台は、人口減の末、子どもを極端に大事にするようになった未来の社会だ。子どもは社会のリソース(公的資産)であり、科学技術によって怪我や病気から守られ、自殺も許されない。人口が急速な減少期に入り、極端な少子化が過剰保護、過剰監視の社会を生み、子育てが母親から取り上げられ、社会が引き受けることになる。オルダス・ハクスリーの『すばらしい新世界』などでは、赤ちゃんがオートメーション化で大量生産されるため、子育てと教育は社会が行うものになっていたが、それとは正反対の理由によって子育てが社会化された世界。

社会が子育てを引き受ける状態というのは、福祉国家の目指す正しい道だが、それが行き過ぎるとSF的なディストピアになる。hitomiの『生まれてくれてありがとう』は、ほんのちょっとではあるが、そっちの方向に半歩踏み出している感がある。

一時は過去の人となっていたhitomiだが、妊婦となり、さらに母となることで、その立ち位置とターゲットをシフトしていくことで復活を遂げつつある。その背景には、ちょっとした人口減少社会の価値観の変化を見事に見いだし、マーケティングの舵取りを行った跡が見える気がする。ほぼ間違いない。米軍情報。

 

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2011年3 月10日 (木)

世界で負け続ける日本経済とニッポンのSEIKO このエントリーをはてなブックマークに追加

松田聖子が最初に全米進出を掲げたのは、1985年のこと。だが、この年は結婚、一時休業の年となり、実際に動き始めるのはその数年後。全米進出の前準備として1988年に、娘と夫を東京に残し、ニューヨークに移住。英語のレッスンをしたり、近藤真彦と密会をしたりと、着々とデビューに向けたレッスンや話題づくりを行っている。

1980年代後半、バブル景気とプラザ合意後の円高を背景に、三菱地所がロックフェラービル買収し、ソニーはコロンビア・ピクチャーズを買収するなど、ジャパンマネーが大きく幅を利かせた時代。1987年の『ロボコップ』は、日本車の台頭によって荒れ果てたデトロイトを舞台にされた。1988年の『ダイハード』は、ナカトミビルという日系企業の資産を狙ったテロの物語。日本経済が、アメリカにとって驚異だった時代である。日本人の資産家が、ゴッホやルノアールなどを金にまかせて買いまくり、自分が死んだらゴッホを一緒に燃やして欲しいと発言した資産家が批判を受けた。

お金はあるけど、文化のない国。それが、当時の日本の位置づけだった。少なくとも日本人は自分たちのことをそのように感じていた。実際、日本は世界に嫌われ始めていたが、かつての勤勉で小器用な途上国のイメージを脱し、誰もが認める経済大国へと成長してはいた。

松田聖子の全米進出は、そんな時代に目論まれたプロジェクトである。つまり、マネーや加工貿易でだけではなく、文化やソフトでも日本は世界に通用する国になるべきだ。そうした産業界の、いや日本国民全体の悲願を乗せて進められたのが、松田聖子の全米進出だった。

松田聖子がSEIKOの名義で全米デビューを果たすのは1990年のこと。湾岸戦争の年。日本はこの戦争で金だけ出して叩かれた。

「SEIKO」の名義は、世界に誇るメイド・イン・ジャパンの有名ブランド“服部セイコー”と重なる。デビュー曲はデュエットだったが、その相手は当時、人気絶頂のニュー・キッズ・オン・ザ・ブロックのメンバー。彼らはソニー系のレーベルに所属。あちらこちらにジャパンマネーのレバレッジが利いているのだ。オールジャパン。

ちなみに、デビューシングルではわからないが、この時のSEIKOの路線とはこんなだ。

 

『フーズ・ザット・ボーイ』という題名はマドンナへのアンサー。路線は、明らかにこの当時のちょっと前のマドンナを意識している。マドンナが主演した映画『フーズ・ザット・ガール』(1987)は、ニューヨークが舞台だった。同じくニューヨークを舞台にした『ワーキングガール』(1988)の影響も少し見える。こうした背景情報を知ると、松田聖子が全米デビュー前にニューヨークに移住した理由も見えてくるだろう。

挙国一致で押し出されたデビュー曲だったが、ビルボードのランキングは、最高54位止まり。とても費用に見合う結果ではなかった。SEIKOの敗北ではなく、オールジャパンの敗戦。アメリカに負けないものづくり大国となった日本が挑んだ、太平洋戦争の2回戦は、またも撃沈であった。

だがSEIKOはめげない。この6年後、彼女は、2度目の挑戦を行なう。プロモーションでセミヌードまで披露した。だが、これも成功しなかった。

この時は誰を意識したものだったんだろう? ハウスミュージック。時代的にはキャシー・デニスとかだったのだろうか。この当時の女性ボーカルのハウスがまったく思い出せない。クリスタルウォーターズとかではないし。

さて、この2度の失敗にこりず、SEIKOはさらに6年後に3度目の挑戦を果たす。ここでも路線が行われる。3度目の全米挑戦時のアルバムジャケットはこれ。

Area 62

 

これは一目瞭然だと思うけど、ここでの路線変更は、明確にR&B(笑)。シャネルズ以来の暴挙というか……。

 

当時のローリン・ヒル(フージーズ)のジャケ風なのか、もっとそっくりなパクリ元があったような気もする。音楽的には聞いてないのでよくわらない。もちろん、これも売れ行き的に成功とは行かなかったわけで、今に至る。

こんな風に見てきたSEIKOのアメリカでの敗北の歴史とは、`90年代以降、経済大国の座から滑り落ち続けた日本の姿そのものとして見ることができそうだ。90年代にマネーゲームで敗戦し、強かった半導体も競争力を失い、その後、トヨタが拠点をアメリカに移しながら世界一の自動車メーカーになればなったで謎のリコール騒動が引き起こされる云々。

それでもすごいのは、松田聖子(というか、プロジェクトを動かしている人たち)はまだ全米進出の夢をあきらめていないところにある。彼女は、今も全米進出を目論んでいる。日本経済が見習うべきは、この不屈の精神だろう。

次は勝って欲しい。がんばれSEIKO! 4回戦の敵はレディー・ガガだ。

 

2011年2 月24日 (木)

秋元康とつんくのショッピングモーライゼーション このエントリーをはてなブックマークに追加

希代のアイドルプロデューサー2人が、ほぼ同時にショッピングモールを描いていたので、忘れないうちにメモしておく。

AKB48の『Seventeen』は、主人公の「僕」が、故郷の町に帰る歌である。

 

僕が生まれて育った 海のそばのこの街
海のそばのこの街 久しぶりに帰ったら
ショッピングモールができてた

“僕”は、17歳のころの初恋の相手の実家をのぞきに行く。すると、かつては酒屋だったその店が、コンビニになってしまっている。しかも、レジに立っているのは初恋の相手自身。人づてに、彼女が結婚し、子どももいるということを聞く。スタイリストになりたいと言っていたあの子は、今では地元でコンビニを手伝っているのだ。

そういや『ふぞろいの林檎たち』にも、仲手川の実家がコンビニ化するしないともめる話があったっけ。この歌詞のつらさは、ちょっと山田太一っぽい。

だけど、主人公の“僕”は、「今でも君が一番だ」と感じている。ただし、思いを寄せるのは、卒業写真に映る「思い出の中 輝いている♪」彼女にである。変わってしまったロードサイドの景色に目をつぶり、変わらない「波の音」と「潮の香り」を感じているのだ。

この歌詞は少し変わっている。初恋相手のへの幻滅、故郷の喪失。こうしたモチーフは、ふつうならあの青春の日を想いながら、二度とそこへは戻れない大人になった自分の成長を描くものだ。だが、この主人公は現実に目をつぶり、卒業アルバムしか見ないのだ。ショッピングモールやコンビニに変わってしまった故郷の風景と一緒に、故郷は思い出の中に封印してしまう。現実を直視しないまま、主人公は生きていくのだろう。

 

つんくがプロデュースするアイドルグループ、スマイレージの『スキちゃん』もショッピングモールソングだ。

 

学校帰りの2人は、ショッピングモールでデートをしている。2人はフードコートに寄り道して、ペット売り場で、自分たちの将来の家や家族像を語る。

 

今日は最高 バイトもないし
フードコートで 寄り道ね

<中略>

ペット売り場で 犬を見てたら
話し出したね 将来を
二階建てとか 子供がどうとか
その家族には 私は「なれるかなぁ」

2人には、かつてショッピングモールができる前のこの街の風景の記憶はないのだ。生まれ育った故郷がショッピングモールであり、初恋は今目の前で起こっている現実である。

日本の地方に郊外型ショッピングモールが急増したのは`90年代のこと。コンビニが増えたのもほぼ同じ時期だ。秋元康(東京出身なのだけど)もつんくも、一回り違うとは言え、世代的には故郷の風景がショッピングモールに塗り替えられていったのを間近に見てきた世代に当たる。

それでも、2人がショッピングモールを描く目線は正反対だ。秋元は日本の地方都市の変化の前と後を比較しながら描く。つんくは変化が当たり前になった世代の感覚を描く。

両者の作家性が、ショッピングモールをモチーフとすることで、よく現れている。

2011年2 月 8日 (火)

2011年のスーパーボウルCMで印象に残ったもの このエントリーをはてなブックマークに追加

2011年のスーパーボウル中継の全CMが見られるサイト「Watch All the Super Bowl XLV Spots」でいろいろ見てみた。

最もよかったのは、シボレーのCM。有名なベンジャミン・フランクリンの嵐の中での凧揚げの電気実験、エジソンの電灯の発明、家庭用テレビ受像器の登場、宇宙開発、エレキギター(ジミヘンの背中越しにウッドストックの観衆が映る再現映像)、そしてガレージで生まれたパーソナル・コンピュータ(ジョブズとウォズ風なのか)。アメリカが、いかにフロンティアを開拓してきたかという歴史が再現ドラマでなぞられる。ちなみに、どれも電気が結びいたものである。その最後にシボレーの電気自動車「VOLT」が登場するというもの。手前ミソとは言え、良くできている。

もうひとつは、NFLのオフィシャルのもの。

過去のテレビドラマで描かれたスーパーボウルやアメリカンフットボールのシーンを集めてコラージュしたCM。アメリカ中の家族が集結して観戦するイメージなんだろう。アルフとかセサミストリートとか、シンプソンズとかサウスパークとか日本でもおなじみのもの以外はよくわからないんだけど。

どちらも、歴史、家族と「オールアメリカ」を動員しているのが共通点である。

それにして、メーカーに限らず、タイヤ、カーショップ、ガススタンドなど、相変わらず自動車絡みが多いし、それ以外にも自動車がモチーフになるCMが多いという印象。

ほかには、明らかにアップルを揶揄したモトローラ=「Apple1984」を攻撃、スーパーボウル広告や、チベットを題材にして微妙なグルーポン=「またやっちまったグルーポン 今度はスーパーボウルのCMでひんしゅくを買う」などが気になったところかな。

 

「Apple1984」を攻撃、スーパーボウル広告

2011年1 月25日 (火)

東北新幹線のキャンペーンポスターのランドマーク変遷イラスト このエントリーをはてなブックマークに追加

Madeindreamposter

3月に開通する東北新幹線“はやぶさ”のキャンペーンポスターを見かけて、ちょっとおもしろかったので張っておく。

キャンペーンタイトルは“MADE IN DREAM”。蒸気機関車から電気機関車、新幹線、と機関車の進化の背景に、時代を象徴する建物が並んでいる。

左端の富士山から、東京タワー(1958)、国立代々木競技場(1964年)、遠景に新宿三井ビルディング(1974)なんかの新宿西口の超高層ビル街も見えて、東京都庁第一本庁舎(1990)があり、六本木ヒルズの森タワーとレジデンス(2003)がある。最も現代に近いところに東京スカイツリー(2011)が置かれている。

その時代のランドマークの変遷図。よくできたポスターだっていうだけのブログ記事ではなく、なんとなくメモ。

2010年12 月31日 (金)

2010年に『ハワイアン・ドリーム』を観た感想 このエントリーをはてなブックマークに追加

今年2010年を振り返り、いろいろなことがあった中で、ひとつ特別だったことを選ぶとなると、23年ぶりに劇場のスクリーンで観た『ハワイアン・ドリーム』と、その後、川島透監督と直に話をさせていただいたという体験になる。これまでも、この映画のよさはあちこちで語っていたことなんだけど(ブログで書いた感想はこちら)、改めてみてこの映画の素晴らしさを再確認した。

ちなみに、2011年1月2日には、CSの日本映画専門チャンネルでの放送がある。DVD化されていないので、お見逃しなく。

ここでは、スクリーンで観た感動、監督と話ができたことの感動が熱として残っている2010年の内に、再び映画の感想を記しておく。

優れた映画は、冒頭3分ですべてを言い尽くす。『ハワイアンドリーム』の冒頭が、まさにそれだと思う。

場末のバー。歪んだ「君が代」が流れている。「君が代」でチーク踊ることを日課にしている老人たち。彼らは、若い頃に日本から移民してきた移民一世たち。このハワイで未来を夢見て、苦労を重ね、そして、成功したかどうかはともかく、楽しく生きている。そんな連中だ。彼らの心情は、歪んだ「君が代」に代弁されている。日本への屈折した思い。それでも今日を楽しむ、生きることへの肯定といったところか。

彼らをクルマで家まで送り届けるジョニー大倉と時任三郎。彼らは、自分たちのなれの果てである老人たちに優しい。さらに、バーのママである桃井かおりを、自宅まで送る。2人はオープンカーで、日が昇る朝のハワイ街に向かって走り出す。

ジョニー「『ハブ・ア・ナイス・ドリーム!』か、かっこいいね」
時任「なにいってんの。もう朝だよ。夢見る時間なんてあるわけないでしょ」

この台詞終わりのタイミングで竹内まりやの『夢の続き』のイントロがかぶさる。車は走り出し、それに合わせてカメラがパンする。ゴミゴミとした路地にクルマが入っていく。カメラが上を向いて遠景を捉えると、そこにはハワイの火山と海と青空が映る。さらにカメラがゆっくり右にパンすると、ワイキキの巨大な都会の街並の風景が広がる。この風景をバックにタイトルが入る。

この映画の主題がこのワンカットに集約されている。彼らが生活するゴミゴミとしたアップタウンの向こうには、夢のダウンタウンやビーチが広がっているのだ。

このオープニングは、曲も含めてYouTubeでも見られるのでぜひ見て欲しい。

 

ジョニー大倉と時任三郎は、日本でやくざの組織と対立してハワイに逃げてきた独立したチンピラコンビ。ギャングもやくざも、土地に根ざし、そこから収益を吸い上げるという経営主体である。これは世界共通。川島作品の「ちんぴら」は、みなそこから切り離された都会に浮遊する存在である。川島作品は、どれも彼らが根無し草であり続けるための闘争を描いている。

ハワイは、移民の集合体のような島である。構成比をみると、アジア系がもっとも多い。みんな他所からやって来て、ここでの成功を夢見ている。アメリカが移民たちに開かれた場所であり、アメリカン・ドリームという言葉があったのと同様、ここにはハワイアンドリームが存在する。

ジョニーと時任の2人は、この島で日本人観光客相手に、マリファナやコカインの偽物を売りつけて生計を立てている。そんな彼らの日常が、ある日突然脅かされることになる。

違法な移民である彼らは、一人の刑事から脅迫される。強制送還になるか、警察に協力して、街を牛耳るイタリア系のマフィアのボス・モランの摘発に協力するか。二者択一を突きつけられるのだ。人を怒らせることにかけては、2人は天才的な能力を持っている。根無し草は、地に足のついた人々を本質的に不快にさせるのだ。

彼らは悩む。根無し草なりに恋人もいるし、ハワイでの生活への愛着も湧いている。それ以上に、彼らは自由であることを選んだ身。何者かの命令の下で動くことは信条に反する。

さて、この映画の裏テーマは、ハワイで暮らす移民たちの「夢の成就と喪失」だ。
夢が成就するのは、冒頭のバーを営む桃井かおり。彼女は、バーで働きながら日本人向けのラジオ局で働いている。それが、局専属のDJに昇格する。

一方、時任の恋人であるカレン(タムリン・トミタ)は、夢破れる側の人間である。カレンはダンスで身を立て、ブロードウェイを目指すダンサー。CMの仕事でチャンスを得た彼女だが、ある晩、急に失踪する。彼女は役を降ろされたのだ。理由は、彼女がアジア系だから。スポンサーが求めていたのは、白人だったのだ。

時任は、夜の街をかけずりまわり、カレンを見つける。怒りを時任相手にまくしたてるカレン。

「夢だけ与えてチャンスはくれないアメリカ」
「例え途方もない夢でも、私は夢見ずにはいられない。ここはアメリカだから」

絶望しながらも、ここでの夢にかけるしかないというカレンの想い。彼女もまた根無し草でありながら、その意地を貫くひとりなのだ。しかし、この台詞を受けとめる時任は「スピーク・ジャパニーズ!(日本語で話せよ)」としか返せない。話が通じていないのだ。時任演じる達彦は、英語が苦手である。いや、もしかしたら時任は彼女の言葉がわかっているのかもしれない。絶望する彼女に、何も返してやる言葉が見つからないのだ。

このシークエンスと前後するが、桃井かおりとジョニー大倉の会話も良いシーンだ。桃井かおりは、リスクのある闘いを決意しているジョニーに「結婚すれば、永住権がとれるの知ってた」と切り出す。だが、ジョニーは「あいつを見捨てる訳にはいかない」と返す。「あいつ」とは相棒の時任のこと。ジョニーは桃井を置いてこの島を去る覚悟をしている。つまり、このシーンは2人の別れのシーンなのだ。桃井はそれを察している。ジョニーは何かを口走ろうとする。その瞬間、桃井はその口を口づけで封じる。この2人は冒頭からキスばかりしているが、ここでのキスだけが特別の意味を持っている。

この2つのシークエンスから、川島透らしい演出の仕方が見てとれる。良い台詞なのに言葉が通じてないというすかしを入れる。感情を台詞で説明せずに、あえて日常的な行為を代入して役者の演技で語らせる。なるほど。

こうして、残していくものとの決着を付けた2人は、クライマックスであるマフィア相手の大立ち回りに向かう。彼らは、かつて日本軍として戦った経歴のある日系人のおじいちゃんたちを味方に引き入れる。彼らにとっては、太平洋戦争の二回戦である。彼らは、街中を混乱させる大騒ぎをやらかし、2人はこっそりと脱出に成功する。

桃井かおりは、自分のラジオ番組のなかで、ニュース速報が入り、顛末を知る。彼女はニュース原稿を読む。街中の混乱で、その大多数を検挙したが主犯格の2人は逃亡中。桃井はジョニーたちがうまくやったことを知る。

同時に、これは別れのシーンだ。ここでの桃井かおりの演技が素晴らしい。台詞としては、ニュース原稿、提供読み、そして「ハワイはいつでもあなたを待っています」というフレーズだけしかない。このフレーズは、番組の最後に必ず読み上げる定型の文句で、これまでにも出てくるもの。このシーンにいっさいの説明台詞はない。ここで桃井は、表情と声音だけで、すべての感情を表現するということをやってのける。すばらしい。

最後のシークエンスは、独立記念日のパレードのシーン。軍楽団の演奏するD-DAYマーチが鳴り響く中、マフィアのボスモランはジョニーと時任を探し、刑事はモランを逮捕しに向かう。楽団は、いつの間にかアメリカ国歌を奏でている。この映画は、「君が代」で始まり、「星条旗よ永遠なれ」で終わるのだ。

モランは、最後、第七艦隊の空母の乗組員に混じって敬礼をしている2人を見つける。彼らは、海軍の将校を金で買収して、まんまと逃げおおせたのだ。空母に向けて銃を撃つモランは、「反逆罪」で逮捕される。

2人は、大勝負に勝つ。これは、単にマフィアに勝ったということではない。彼らは、最後まで誰にも従属することなく、自分たちの意思を貫いたのだ。刑事の手助けをしたのではなく、彼をも出し抜いて、第七艦隊というとてつもないでかいものを持ち出し、モランと刑事を出し抜いた。

この映画の題名にもある“夢”という意味では、彼らの夢、おそらく成功して金持ちになるといった夢は叶わなかった。だけど、誰にも従属しないという“自由”への意思は曲げずに彼らは、生きていく。根無し草の不屈の意思と根性。それをもって、彼らは自分の仕事を貫く。そして、夢はつづいていくのだ。

竹内まりやの主題歌は、この映画の主題のリンクしている。

昨日と同じ一日が暮れて
彼女は深いため息とともに眠る
果せなかった約束
またひとつ増えただけ
それでも明日を夢見る

誰の人生においても、毎日が光り輝いているわけはない。むしろ、同じような毎日しかやってこない。今年も今日で最後だけど、明日になれば、今年と同じ来年がやってくる。それでも自分の仕事を貫き、明日を夢見て生きる。そんなふうに生きるのは悪くないなと思う。映画冒頭のじいさんたちみたいに。

では、良いお年を!

2010年12 月25日 (土)

「ショッピングモーライゼーション」ブックガイド15 このエントリーをはてなブックマークに追加

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好評発売中「思想地図β」のショッピングモール特集の中で、「ショッピングモーライゼーション」という造語を用いてショッピングモールに近似する現代の都市の姿を表す論考を書き、商業、都市計画、交通の3つを横断した二〇世紀の年表をつくりました。 論考や年表をつくるのに必要とした資料、参照した本、趣味で読んだけど関係している本などもまとめておきたいと思います。
創造の狂気 ウォルト・ディズニー
ニール・ガブラー
ダイヤモンド社
売り上げランキング: 29521

 

↑論考の冒頭で取り上げた、ウォルト・ディズニーの都市計画への興味、テーマパークとしての「EPCOT」ではなく、ウォルトの実際の都市計画を取り上げている。論考には写真が使えなかったけど、この写真はとても入れたかったもの。

 

Epcotcutaway

ベンヤミン・コレクション〈1〉近代の意味 (ちくま学芸文庫)
ヴァルター ベンヤミン
筑摩書房
売り上げランキング: 25172

 

↑一九世紀のパリの町並みの変化とパサージュ(アーケード)の誕生に触れたエッセイが掲載。

 

消費社会の神話と構造 普及版
ジャン ボードリヤール
紀伊國屋書店
売り上げランキング: 7836

 

 

↑1970年の本。当時ベルサイユ近郊に出来たショッピングモールについて触れている。ボードリヤールは、ショッピングモールを「都市全体に広がったドラッグストア」と称した。

 

百貨店の博物史
百貨店の博物史
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海野 弘
アーツアンドクラフツ
売り上げランキング: 662197

 

↑一九世紀に生まれた百貨店を博物的に扱っている。

 

覇者の驕り―自動車・男たちの産業史〈上〉 (新潮文庫)

 

ディビット ハルバースタム
新潮社
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覇者の驕り―自動車・男たちの産業史〈下〉 (新潮文庫)
ディビッド ハルバースタム
新潮社
売り上げランキング: 250831

 

↑T型フォードの大量生産“フォーディズム”から、日本の自動車産業の発展・労働闘争、生産管理の技術、自動車産業に陰りが見える70年代の米中西部の内幕など、幅広く自動車産業の歴史を追ったとにかくおもしろい本。僕は個人的にはハルバースタム風に、商業技術とショッピングモールの歴史についてドキュメントを書いてみたいと思う。

 

サバービアの憂鬱―アメリカン・ファミリーの光と影
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大場 正明
東京書籍
売り上げランキング: 827039

↑アメリカのサバービアとその文化について書かれた抜群におもしろい本。ネットで全文読めるが、本は入手困難。文化論としてのショッピングモールは、今回あまり触れられなかったが、この本のような手つきでショッピングモールが登場する映画などに触れていく本とか誰か書かないかな。ちなみに、この本で、ショッピングセンターとショッピングモールの定義の違いが語られてますが、今回僕は採用しませんでした。

 

America's Marketplace: The History of Shopping Centers
Nancy E. Cohen
Intl Council Shopping Centers
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↑アメリカでは、ショッピングセンターの歴史の本はちゃんと刊行されています。ただ、あまり厳密な歴史を辿っているというわけではないけど。

 

ハイウェイの誘惑―ロードサイド・アメリカ (カリフォルニア・オデッセイ)
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海野 弘
グリーンアロー出版社
売り上げランキング: 826224

 

↑上で取り上げた百貨店の本に引き続き、海野弘によるアメリカのハイウェイから見る郊外文化という本。インターステイトハイウェイがアメリカ文化の分岐点だったことを説いたもの。この人の仕事、目のつけどころにはとても刺激を受けます。

 

消費社会の魔術的体系 (明石ライブラリー)
ジョージ リッツア
明石書店
売り上げランキング: 379813

 

↑あらゆる商業空間がショッピングモール化する現状について書いているという意味では、ドンぴしゃな一冊なんだけど、テーマ以外はつまらない本だと思いました。

 

ディズニー化する社会 (明石ライブラリー)
アラン ブライマン
明石書店
売り上げランキング: 362617

 

↑テーマパーク側からショッピングモーライゼーションを語っている一冊。

 

レクサスとオリーブの木―グローバリゼーションの正体〈上〉
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トーマス フリードマン
草思社

売り上げランキング: 62383

 

 

レクサスとオリーブの木―グローバリゼーションの正体〈下〉
トーマス フリードマン
草思社
売り上げランキング: 60927

↑ジャーナリストが、90年代初頭に政治と経済と技術を同時に把握し、世界を見ることの重要さに気がつき、グローバリゼーションというテーマを見つけるという興味深い一冊。この本のマクドナルド理論をアレンジし「“ショッピングモールにGAPが進出している国、及びそのサプライチェーンに組み込まれた国同士は戦争をしたからない」と書きました。

 

アメリカ大都市の死と生
ジェイン ジェイコブズ
鹿島出版会
売り上げランキング: 62141

1961年の段階で、都市のスプロール化を批判した女性ジャーナリストの手によるもの。大定番だけど、抄訳ではないものが昨年ようやく刊行された。ネットで訳者(山形浩生)による後書きが読める

 

都市のセンター計画 (1977年)
中津原 努 ビクター・グルーエン
鹿島出版会
売り上げランキング: 1473757
↑都市計画家でショッピングモールの産みの親の1人であるビクター・グルーエンが、なぜショッピングモールの建設に血道をあげたのかがわかる貴重な本。若き日の八束はじめ氏が、実はグルーエンの翻訳に関わっていたとご本人から伺った。

2010年12 月20日 (月)

「思想地図β」ショッピングモール特集できました このエントリーをはてなブックマークに追加

思想地図β vol.1
思想地図β vol.1
posted with amazlet at 10.12.20
東浩紀
合同会社コンテクチュアズ
売り上げランキング: 27

僕が、ここ数年を費やしたショッピングモールにまつわる取材・研究の集大成が、『思想地図β Vol.1』における、「ショッピングモーライゼーション」特集という形で、発表できることになりました。 新創刊の思想雑誌の巻頭大特集がショッピングモール! いや、これは熱いです。そして厚い! 僕はこの特集で、論考と浅子さんとの共同作業である年表(これ力作なので読み飛ばさないでね!)に関わっています。あと座談会2本も。

 

この特集が生まれた経緯を、ここにだけ記しておきます。3年前の2007年当時、週刊アスキーでの東浩紀氏、桜坂洋氏、清水亮氏による、未来の社会を予測する鼎談連載「2040年の週刊アスキーをつくる」というギートステイトのスピンオフ企画があり、僕はその担当編集者でした。このときの東さんの「未来の都市を考える上で、ショッピングモールって重要なんじゃないの」という趣旨の発言が、言ってみればこの特集の動き始めた最初の瞬間です。 以後、東さんと「ショッピングモールにはなんかあるよね」という漠然とした予感を共有しながら、時を過ごしてきました。
当時、東さんはすでに“消費を媒介としたグローバルなミドル層の連帯”という、創刊の言にある視点を提示していました。僕はそれを受け、「現代の社会や都市空間を考える上での重要な軸点」として、ショッピングモールについて考えを巡らせるようになります。僕にとってのこの特集は、あの時に投げられたキャッチボールの球の3年越しの返球です。

 

その後、コンテクチュアズの李さん浅子さんとの接点も、主にショッピングモール研究を介して発展しました。建築の知識などの多くはこの2人から学びました。それで、この創刊号の特集に至ります。もっとやれたんじゃないかという反省もありますし、東さん、李さん、浅子さんと仕込んだのに、もれてしまったものがたくさんあります。とはいえ、現時点での精一杯のものができたと思います。ぜひ、お手にとって頂ければと思います。
現在の東京を見ると、都市のあらゆる場面がショッピングモールと化している現実が目に飛び込んでくる。六本木ヒルズもオフィス棟や住居棟を備えたショッピングモールであるし、新しい東京のランドマークになる東京スカイツリーも、その麓にはショッピングモールが併設される。また、東京の新しい玄関口となる羽田の新しい国際旅客ターミナルには、江戸の町を模した店舗街「江戸小路」が併設されたが、これもまさにショッピングモールである。都市の人が集まる場所、ハブになる場所の建設計画、再開発計画、リゾート開発は、必ずショッピングモールを中心、もしくは併設されることを前提としたものとしてでなければ立案不可能であるかのようになっている。これは、東京に限らず世界の都市で起こっていることである。こうした都市におけるショッピングモール化の現象が、いつどのように起きていったのか。『なぜショッピングモールなのか?』より抜粋

以下、『思想地図β VOL.1』の目次です。

【特別企画1】
非実在青少年から「ミカドの肖像」へ
――猪瀬直樹+村上隆+東浩紀

【巻頭言】
『思想地図β』創刊に寄せて 東浩紀

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【特集第一部】
ショッピングモーライゼーション 監修|速水健朗

  • 神の都市 -The Prototype of CITY 2.0- 藤村龍至
  • やる夫よろずの神および都市 梅沢和木
  • なぜショッピングモールなのか? 速水健朗
  • ショッピングモーライゼーション年表 速水健朗
  • ショッピングモールから考える――公共、都市、グローバリズム
    ――北田暁大+南後由和+速水健朗+東浩紀
  • ショッピングモール的都市の未来――都市とテーマパークの間
    ――速水健朗+森川嘉一郎+浅子佳英+東浩紀+李明喜
  • 郊外文学論――東京から遠く離れて 宇野常寛
  • 二一世紀と時間技術 廣瀬通孝
  • テーマ化される消費都市 鈴木謙介
  • ブックガイド 10 速水健朗+松山直希+浅子佳英

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【特集第二部】
パターン・サイエンス 監修|李明喜

  • パターンの可能性――人文知とサイエンスの交差点
    ――井庭崇+江渡浩一郎+増田直紀+東浩紀+李明喜
  • 鳥の複雑なツイートとその進化的デザイン 笹原和俊
  • 行動経済学と他人の心
    ――リバタリアン・パターナリズムの再検討 川越敏司
  • 系譜の存在パターンと進化の生成プロセス 三中信宏
  • Living Technology 池上高志
  • ブックガイド10 中川大地+李明喜

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  • テクノロジーと消費のダンス
    ――クラブカルチャー、音響、批評 菊地成孔+佐々木敦+渋谷慶一郎
  • セレブリティとオタク――ポップアートの新しい資源 福嶋亮大
  • インフラクリティーク序説
    ――ドゥルーズ『意味の論理学』からポスト人文学へ 千葉雅也
  • コム デ ギャルソンのインテリアデザイン
    ――「表層」から「接面」へ 浅子佳英

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寄稿者一覧
編集後記・奥付
Shisouchizu beta vol.1 English Abstracts and Translations

【特別企画2】
 アニメージュオリジナル特別版「フラクタル」

2010年12月21日より書店に並ぶ予定です。ただし、この雑誌は、取り次ぎを通さずに流通しているものなので、取り扱いは、一部の書店に限られるようです。他にも、上のアマゾンのリンクや、直接購入できる『思想地図β』特設サイトなどで入手できます。

<追記> 年内品薄確定とのこと。書店配本分をゲットするのが吉!

2010年12 月 3日 (金)

団地団(大山顕+佐藤大+速水健朗)2010年12月12日開催 このエントリーをはてなブックマークに追加

『カウボーイ・ビバップ』『攻殻機動隊S.A.C.』などの脚本家・佐藤大さん、団地、ジャンクション写真集などの大山顕さんと僕の3人です。 映画や漫画などで描かれる「団地」を映像作家、団地マニアそれぞれの視点で語るイベントです。

この2人の専門家と並ぶと僕の立ち位置が微妙ですが、団地(大量供給住宅)の生まれる時代背景、都市計画史などの文脈について勉強中といった感じでしょうか。ここでは団地にまつわる生活、家族、建築、都市計画、デザイン、関連作品(映画、ドラマ、小説ほか)をひっくるめた総合文化的側面、つまり「団地カルチャー」を今一度掘り起こしてみたいと思います。

ちなみに佐藤大という脚本家は、作品に膨大な背景(間テクスト性)を加えることをやってきた人で、彼の関わる作品はどれも、とても背景の読み甲斐があります。この日は、その辺も触れられたらと思います(ちなみに僕は佐藤氏のライター時代の発単著『ジェネレーションN』刊行時にまっ先にインタビューに駆けつけたファンでもあります)。

それで先日、イベントの打ち合わせて3人の持ちネタを確認しあったところ、相当膨大な量になることが判明w これは一度ならずシリーズ化したいねえという話で盛り上がっています。それが可能かどうかは、初回の集客次第ということで、手応えのあるものをと懸命に仕込んでいます。なので是非よろしくお願いします。

■団地団夜 vol.1 団地トーク ~団地妻もあるよ~
【日時】2010年12月12日(日) OPEN18:00/START19:00

【場所】新宿ロフトプラスワン (新宿区歌舞伎町1-14-7林ビルB2 TEL 03-3205-6864)
【出演】団地団(大山顕、佐藤大、速水健朗)
【料金】前売¥2000(飲食別)当日未定 -前売はローソンチケットにて【L:34654】発売中

 

  


↑団地登場作品年表(暫定版)

COWBOY BEBOP 1st.Session [DVD] 攻殻機動隊 STAND ALONE COMPLEX Blu-ray Disc BOX 1 団地の見究 工場萌え

2010年11 月30日 (火)

公衆電話の歌謡史 このエントリーをはてなブックマークに追加

 

あー名曲。レベッカの『ラブ イズ Cash』(`85年)は、題名のとおり「愛は現金払いで」がテーマである。「あなたの恋はまるでスマートなカードクレジットなの♪」「不安定なレートを見きわめてよ♪」(作詞:沢ちひろ・NOKKO)と歌うNOKKOは、恋愛の駆け引きを金融用語に置き換えているのがおもしろい。

歌詞はこちらを参照

その前年、マドンナは「私にキスしてもいいけど金払いの悪い男だったら嫌いよ」と、当時のレーガノミクスをシニカルに反映させた『マテリアル・ガール』を歌った。その強い影響下で作られた『ラブ イズ Cash』にも、その時代の経済状況をパロディにするという試みが行われている。`80年代はクレジットカードの顧客対象が学生にまで拡大した時代。そして1980年の外為法改正時の規制緩和によって、個人による外国為替取引の自由化がもたらされた時代である。

ただし後半の「真夜中のラブコールは コインいちまい タイムリミットの3分間♪」という歌詞が出てくると、1985年という時代が遠い過去であることにあらためて気づかせてくれる。コイン1枚で3分間というのは、もちろん公衆電話のことを指している。日本で公衆電話の設置数が最も多かったのが、まさにこの歌の前年である1984年のことだ。

当時の恋人たちが電話で会話する場所と言えば、外の公衆電話が定番だった。まだ部屋ごとに子機があるような時代ではない。プッシュホンがまだなく、黒電話が残っていた時代。電話は家族のいる居間に置かれているのが当たり前で、電話線すら伸びなかった時代である。

ちなみに、当時の公衆電話の主流はコイン式である。キャッシュレス式、つまりテレホンカードが使える機種は、1982年に登場しているが、1985年当時は、それほどは普及していなかった。そのカード式がコイン式を抜くのは1990年のこと。

やはり公衆電話が出てくる歌に、槇原敬之の『遠く遠く』(1992)がある。槇原の曲の中でも人気が高く、カバーされる機会も多い曲である。

この歌の主人公は、ふるさとから遠く離れた都会でひとり暮らしをしている。たまに届く同窓会の案内には、欠席に丸を付けて送り返す。故郷が嫌いだからではない。地元で暮らすみんなの顔を見ると、里心がついてしまうからだ。主人公は、都会で自分の夢を叶えるまでは帰らないと決意している。ミュージシャンを目指して18才で上京した、槇原自身の体験をこの歌に重ねているのだろう。

この主人公の心の支えは、友人との電話である。「いつでも帰ってくればいいと 真夜中の公衆電話で 言われたとき 笑顔になって 今までやってこれたよ♪」

彼が利用してるのは公衆電話。つまり、部屋に電話がないのだ。当時、固定電話は、ひとり暮らしの若者には少々敷居が高かった。この時代、電話を引くには、電話加入権72000円が必要だった。加入権は2005年に廃止されるが、それ以前はよく不動産屋で売買されていたものだ。

この槇原の歌が発表された1992年は、ちょうどNTTからドコモが分離独立した年。当時の携帯電話の初期費用は、固定電話よりもさらに高かった。`92年の携帯電話普及率は1.4パーセント。ごく一部のビジネス層のものでしかなかった。

1995年は、公衆電話が完全にテレホンカードが使えるものへの全機入れ替えが終了した年である。だが、この時代になるとすでに公衆電話はその役割を終えつつあった。同じ年に、初期費用数千円で利用できたPHSが登場した。一人暮らしの貧乏学生では一般電話の加入権はハードルが高くとも、このPHSなら持つことができた。槇原の『遠く遠く』から3年後のことである。『遠く遠く』は、夜中に公衆電話で長電話をした経験のある最後の世代の歌だったということになる。

さて、その後、たった数年で携帯電話(+PHS)の普及率は8割を超える。携帯全盛の現在においては、公衆電話などその存在すら気に掛けないものの代表である。現在の公衆電話の設置数は、『ラブ イズ Cash』が流行った当時の3分の1まで減ってしまった。使われる頻度はそれ以上に減っているのだろうが、緊急通報や携帯電話が持てない人々のためにも、これ以上は減らせないような規制が設けられている。

携帯が普及しきった現代では、真夜中のラブコールからはタイムリミットはなくなった。現代のラブコールのレートは、かなりお安くなっている。ソフトバンクの「スパボ一括9800円」なら、月額7~8円で話し放題である。

 

GOLDEN☆BEST REBECCA
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2010年9 月26日 (日)

週休二日制時代の恋愛と合コンと結婚と このエントリーをはてなブックマークに追加

広瀬香美が冬の女王と呼ばれるきっかけは、アルペンのCMソング『ロマンスの神様』(1993年)だったが、実はこの曲の歌詞は、冬やスキーとは全然関係ない。

この歌のモチーフは、合コンである。「♪性格良ければいい そんなの嘘だと思いませんか」「♪友情より愛情」などという歌詞に見られるように、この歌は合コンにおける女性の本音と建て前をネタにしている。

この曲をさらに深掘りすると、`80年代から`90年代初頭にかけて進められた労働時間の短縮という主題も見えてくる。「♪週休二日 しかもフレックス」「♪土曜日 遊園地」という歌詞は、実は、この時代の状況をよく現わしている。

週40時間という労働時間目標が明記されたのは1987年の労働基準法改正が最初である。平日は9時間、土曜日は「半ドン」で午前中だけ働いて、午後はお休みという戦後以来の労働時間の基準がここで明確に変わったのだ。

この労働時間短縮の背景には、日本の長時間労働が不公平競争を生んでいるという諸外国の批判があった。週休二日制、フレックスタイムという欧米で用いられている制度の導入が迫られたのだ。80年代半ばは、まだ週休二日制を導入したのは大企業などに限られていたが、次第に採用する企業も増え、`92年には、国家公務員にも、完全週休二日制が導入され、完全に定着するのがこの頃のこと。学校への導入はもう少し先だけど。

『ロマンスの神様』では、「♪土曜日 遊園地 一年たったらハネムーン」という歌詞が示していたのは、アフター5の合コンから、お休みの土曜日のデートへと発展、それがさらに、新婚旅行へとつながっていくというアフター週休二日制の時代ならではのボーイ・ミーツ・ガール、恋の成就の在り方だったのだ。

おそらくは、彼女たちのハネムーン先は海外だったはずだ。日本人の海外旅行が一般化したのは、バブル景気と言うよりも、プラザ合意以後に急速に進んだ円高と、90年代に入ってからの格安旅行券の値下げ競争の激化によるものだ。(初出は『週刊アスキー』連載「恋のDJナイト」2009.5.12/17号)

ちなみに、労働基準法改正の1987年はリゾート法が制定された年でもある。これに端を発したバブル期のリゾート開発熱は、80年代末の大スキーブームを生み出し、スキー用品業界が急速に成長。それを代表する一企業であるアルペンのCMから出てきた広瀬香美は、まさにウィンターソングの女王としてこの時代に君臨することになる。

Alpen Best-Kohmi Hirose
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広瀬香美
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2010年7 月27日 (火)

ワインレッドの心と日本のワイン消費史 このエントリーをはてなブックマークに追加

サントリーの創業者・鳥井信治郎は、当時評判が悪かったワインを日本人向けに甘味料を配合し、1907年、“赤玉ポートワイン”と命名して発売した。これが一般的な日本人のワイン消費の始まりである。

赤玉ポートワインで舌を慣らされた日本人が、味付けワインを卒業するのは、`70年のワイン輸入自由化以降のことである。とはいえ、実際に甘味果実酒の消費量をワインを抜くのは、自由化からさらに5年を経る1975年まで待たなくてはならないのだ。

その後、`80年代に入ると関税の引き下げや円高の影響もあり、輸入ワインは手軽に手に入る飲み物として定着していく。さすがにこの頃になると、甘味料で味付けされたワインを飲む日本人はほとんどいなくなっていった。

ワインが生活に馴染んでいった80年代のヒット曲に、安全地帯の『ワインレッドの心』がある。


`84年の年間チャート2位を記録するという大ヒット曲の歌詞を書いたのは井上陽水だ。安全地帯はもともと陽水のバックバンドを務めていた。言うなれば、ボブ・ディランとザ・バンドの関係である。

♪哀しそうな言葉に 酔って泣いているより ワインをあけたら
歌詞:井上陽水

過去の恋愛を忘れて、ワインを飲もうよ。ほろ苦い大人の恋の場面を描いた歌である。憂いのある玉置浩二の歌い方も、大人の恋の世界を醸し出していた。

とはいっても、実はこの曲、赤ワインを甘いソーダで割ったサントリーの商品“赤玉パンチ”のCMソングだった。赤玉ポートワインは、『赤玉スウィートワイン』として、現行の商品として売られており、そのさらにソーダ割りが“赤玉パンチ”である。

ワインが登場する大人のほろ苦い恋の歌だと思ったら、そのヒロインが飲むのは甘いソーダの入った赤ワインだったのだ。シャンパンで乾杯しようと思ったらシャンメリーだったみたいながっかり感は否めない。『ワインレッドの心』はまだワインに味付けがされていた時代の甘ったるい残余のような歌なのである。

ボジョレー・ヌーボーが大流行するのは、この曲がヒットした直後のバブル時代の真最中のことであった。日本人のワインの消費量はその後も右肩上がりに成長。そして、青田典子との熱愛が報道される玉置浩二のバブル臭さもいまだ絶好調である。

2010年7 月14日 (水)

映画『踊る大捜査線 THE MOVIE3 ヤツらを解放せよ!』感想 このエントリーをはてなブックマークに追加

あまり評判がよくないので、出来がイマイチなの覚悟で観に行ったら、まったく余計な心配だった。

『踊る~』シリーズでは、本当の敵は犯人ではなく、警察組織そのものであるということを、いく度も形を変えて語ってきた。特に劇場版シリーズにおける犯人とは、警察組織が対峙できない相手として設定されてきた。

1作目では、縦割りのマニュアル捜査では対処できない相手として犯人が設定された。常識的な動機を持たない子どもが犯人で、足を使って捜査する現場の刑事が解決の道を見つけるのだ。

2作目では、リーダーを持たない組織としての犯人グループが設定。つまり、命令系統はなく、目的だけを共有し、連携しない犯罪集団である。攻殻機動隊におけるスタンドアローンコンプレックス現象と言い換えてもいい。ピラミッド型組織で意思決定から行動までのスピードに欠ける警察は、このグループに対処できない。

こうした犯人に翻弄され、本当の敵は自分たちの組織そのものでしたというのが、このドラマシリーズ自体のテーマである。

さて、今回の犯人はさらにパワーアップした。
今回も、いつもどおり本庁と所轄の間で争いが始まる。すると、その両者の間にをピタリと収める補佐官の小栗旬が登場する。彼は、個々の立場の人間それぞれにインセンティブを与えることで、場を調整するスペシャリストである。これまでシリーズが取り上げてきた最大のテーマをいとも簡単に解決する最強の敵の登場だ。

そして、今回の犯人は、この小栗旬の鏡像として描かれている。

ここからはネタバレになる。

今作の主犯は、一作目に脇役的に登場した小泉今日子演じる犯罪心理学に通じる快楽殺人の日向真奈美である。ただし、彼女が犯人だとわかるのは終盤のこと。彼女は実行犯ではなく、拘置所から実行犯を動かしている。小泉のこの役は、言うまでもないが『羊たちの沈黙』のシリーズでおなじみのハンニバル・レクターのアレンジである。

踊る3とは、レクター博士が、インターネットの発達した現代に現れたらどうなるかという、興味深い思考実験でもある。

一作目でも、彼女はホームページを持ち、ネットで支持されている猟奇殺人マニアとして登場した。このドラマが、当初は並の視聴率だったにもかかわらず、主に放送終了後にネットで支持されるようになり、人気ドラマへと成長した。そんな社会とドラマを結ぶ関係性の変化を、うまく劇場版の題材として取り上げていた。今作は、ネットのソーシャルメディア的側面を描く。ちょっと思ったのは、物語にもツイッターを使うべきだったということ。

今回の物語は、何も盗まれない窃盗事件と誰も被害に遭ってないバスジャック事件の発生から始まる。これらは犯人の陽動作戦である。翌日、拳銃と銃殺死体が放置された船が発見される。使われた拳銃は、湾岸署の引越と、両陽動事件の最中に盗まれた三丁の拳銃のうちの一丁だった。第二の殺人も、同じように発見される。しかし、これらもまた陽動作戦でしかなかった。

Tirant 新しい湾岸署は、対テロリストと称し、鉄壁のガードシステムに守られている。しかし、その過剰な設備と、警察の過剰防備の心理の逆を突いた犯人は、セキュリティシステムを誤稼働させ、捜査員と引越業者を署内に閉じ込めることに成功。その署内に時限装置付きの毒ガス噴射システムを仕掛け、これまで青島が逮捕してきた犯人全員の釈放を要求するのだ。ウルトラ兄弟たちにやられた怪獣の怨念で生まれたタイラントみたいな話である。

この釈放要求の件は、日本赤軍のクアラルンプール事件とダッカ日航機ハイジャック事件の“超法規的処置”を元ネタとして、それらを連想させるように作られている。犯人が、中東への逃亡を考えているのも、重信房子を彷彿させる。

主犯の日向真奈美は拘置所の中にいながら、これらを企てている。拘置所に出入りするソーシャルワーカーの臨床心理士を手なずけて、彼を通してネットで共犯者を募り、自分の釈放を画策したのだ。また、彼を通してネット世論を動かし、自分の崇拝者をネット中に生み出した。彼女は、拘置所に入りながらカリスマになっている。そして、最終的に自殺を遂げることで、その影響力をさらに高めようと画策する。それがこの事件の真の目的である。

彼女の手法を青島ら警察側は単なるマインドコントロールと分析し、教唆犯であると解釈するが、それは違う。彼女は、“私は彼らに生きがいを与えただけ(台詞うろ覚え)”なのだという。彼女の取った手法は、小栗旬演じる補佐官とたいして変わらない。

小栗旬の補佐官はこの事件を政治の道具に使おうとする上層部を「調整」する。この事件を人質事件のテストケースとして国民感情の実験に使いたい政府与党、よど号ハイジャック事件のときの超法規的処置ではなく、法規的にこれを処理したいと考えるどこかの官庁、正義漢の室井は教科書的な言動しか取れないが、小栗は彼らの利害関係を把握し、それぞれにメリットと責任回避の言い訳を与える解決法を提示する。組織の構成員にも、それぞれの立場と利益があるというのを理解し、ひとつひとつ穴を埋めていく。それが調整である。

一方、小泉今日子、社会で鬱屈しているネットゲーマーたちに現実を楽しむためのゲーム的なインセンティブを与えて、自発的に犯罪行動を促し、結果として自分の脱獄を成功させるのだ。それぞれの立場や欲望の在り方を理解し、それを調整するのだ。彼らをしあわせにすることができない現実の社会よりも、彼らにやりがいを見つけてあげられる自分の方が正しい。例えその結果が犯罪者への道であろうが、それを自ら選択したのは彼らなのだ。自分に罪があるわけではない。

彼女の主張を代弁するならそういうことだろう。「やりがいの搾取」って何が悪いの? という議論がここからも展開できそうだ。また、この小泉の犯人像からは、犯罪への道筋を設計していく京極夏彦『絡新婦の理』の犯人を連想させる。あと、リバタリアン・パターナリズムみたいなものとも接続できそうだ。

さて、青島がこの似たもの同士として配置された2人に、真っ向立ち向かって勝利をおさめるわけではない。もちろん、事件を解決するのは主人公の青島である。だが、前作で悪役だった管理官の真矢みきが最後に敗北を認めたようなカタルシスはない。小栗旬が目を怪我する必然性はまったくわからなかったが、彼らは生き残るし、敗北しなかった。むしろ、勝者に映る。今作の評判が良くないのは、この辺にあるのだろう。青島は挫折したのだ。

とにかくひたすら正しいことをやってボトムアップ式に組織を変えようという青島の手法は、すでに事件を解決させたり、旧態然とした組織をよくするためには機能しないことが判明した。また、室井も挫折した。現場に理解を示し、組織を上からトップダウン式に変えていこうという室井の信念もまた、機能しないことがわかってしまった。

90年代末にテレビドラマシリーズとしてスタートしたこのシリーズは、年功序列、縦割りといった、日本的サラリーマン組織の弊害をいかに変えるべきかということを、青島刑事というキャラクターを通して描いてきた。今作が最後とは明示されたわけではないのだが、そのテーマには一端の終止符が打たれたことになるのかもしれない。

ラストの青島のコートの扱いが思わせぶりである。彼がコート<刑事の魂みたいなものを象徴している>を失ってしまったと解釈すべきが、犯人にかぶせて中和しているという解釈なのか。

いままでは、おとぎ話として作ってこざるを得なかったが、本作はちょっとリアルに組織の限界を描いた。やっぱり、シリーズのファンは、それでも青島の正義漢やまっすぐなところを肯定するような描き方を期待したのだろう。その気持ちはよくわかる。

本シリーズは、中心テーマ以外にもみどころは多かった。お台場の発展(本シリーズはフジテレビのお台場移転記念で製作された)、監視社会化、9.11以後の世界、そして『24』以後の刑事ドラマ表現、さまざまなテーマが加わりながらシリーズは続いてきた。

考えてみれば、97年の劇場版一作目では、キョンキョンのノートPCにはインフォシークのシールが貼ってあった。13年経って、インフォシークなんてもう誰も知らない。パソコンは得意でなかったはずの青島も(とはいえ、元コンピュータ系商社の営業か)、「ドメイン名を変えてみれば」などと、ちょっとネットに詳しくなっていた。シリーズを通して、多少荒唐無稽とはいえ、ネットとサイバー犯罪、コンピュータ時代の犯罪捜査についての変化も描かれてきた。あまりに国民的ヒットシリーズになったため、ある種の人たちには敬遠される本シリーズだけど、こうした90年代半ば以降の日本を眺める材料としても、十分おもしろい。というか、僕は今作含め、全部好きだ。

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